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商品詳細

ローター・マテウス 95-96 ブンデスリーガ バイエルンミュンフェン 実使用ホームユニフォーム

販売価格: 100,000円 (税込)
[在庫なし]
ローター・マテウス 95-96 ブンデスリーガ バイエルンミュンフェン 実使用ホームユニフォーム です
サイズXL,弊社より保証書が付属いたします


ドイツ代表として歴代最多の150試合出場、5度のワールドカップ出場、ワールドカップ最多出場記録(25試合)を達成する等、20年間に渡り第一線で現役を続けた、1980年代から1990年代のドイツを代表する選手である。

1990年の1990 FIFAワールドカップにおいて主将としてドイツを3度目の優勝に導き、同年に欧州年間最優秀選手、1991年にはFIFA最優秀選手賞を受賞するなどの評価を得た。また引退後の2004年にはペレが選ぶ『偉大なサッカー選手100人』(FIFA100)にも選ばれている。

若い頃はその強靭な肉体と豊富な運動量を生かした守備的MFであったが、20代中盤頃からは、守備能力だけでなくミドルレンジからの強烈なシュートやパスセンスを武器に攻撃的MFを担当。選手キャリアの後半にはリベロとしてプレーし、最後尾からチームを統率した。

ドイツ代表

ドイツ代表でのマテウス。ドイツ代表としては、1980年4月26日のオランダ戦で代表デビューを飾ると同年6月のUEFA欧州選手権1980、1982年の1982 FIFAワールドカップ代表に選出された。デビュー当初は交代出場が多くスタメン出場は成らなかったが、スペイン大会後の1984年に開催されたUEFA欧州選手権1984ではレギュラーの座を掴み、これ以降は代表の中心選手として定着した。

1986年のワールドカップ・メキシコ大会では、決勝トーナメント1回戦のモロッコ戦にて延長戦終了間際に与えられたフリーキックから弾道の低いロングシュートを決め1-0の勝利に導く活躍などで2大会連続の決勝進出に貢献。決勝のアルゼンチン戦では、相手エースのディエゴ・マラドーナのマンマークを担当、この試合においてマラドーナを封じる事には成功したが、試合そのものには敗れ去り、2大会連続準優勝に終わった。

ワールドカップ終了後にルンメニゲやフェリックス・マガトといったベテラン選手が代表から退くなど世代交代の時期を迎えると、フランツ・ベッケンバウアー監督の下で主将としてエースとして代表チームを牽引するようになった。1988年のUEFA欧州選手権1988では、地元開催ということもあって準決勝進出を果たすが、この大会を制するオランダに1-2で敗退。なお、それまでマテウスは背番号8を付けることが多かったが、この大会後に所属クラブのインテルと同様に背番号10を付けるようになった。

1990年のワールドカップ・イタリア大会では、1次リーグ初戦のユーゴスラビア戦で強烈なミドルシュートで2得点を挙げ、守備面においても相手エースのドラガン・ストイコヴィッチを封じ込め4-1と大勝。決勝トーナメント1回戦では優勝候補の一角のオランダを2-1で退け、初戦の2得点を含む4得点をあげる活躍で決勝進出に貢献。決勝戦ではアルゼンチンに対し前回大会の雪辱を果たし、1974年大会以来となる3度目の優勝を果たした。

ドイツ代表での活躍もあり、1990年には欧州年間最優秀選手とドイツ年間最優秀選手賞、ワールドサッカー誌選定世界最優秀選手賞を受賞、1991年にはFIFA最優秀選手賞を受賞するなど絶頂期にあったが、1992年4月に前十字靭帯を負傷しUEFA欧州選手権1992は不参加となった。

1994年のワールドカップ・アメリカ大会に出場。前回の優勝メンバーに東ドイツ出身の選手やシュテファン・エッフェンベルクらが加わり戦力は整ってはいたが、直前の親善試合の結果は芳しくなかった。

マテウス自身は1992年に負傷した膝の状態が思わしくなく、動きに精彩を欠いていた[3]。優勝候補の一角と目されたものの、準々決勝でダークホースのブルガリアに1-2で敗れた。ドイツ代表の主将として長きに渡って代表を支えていたマテウスであったが、アメリカ大会後はユルゲン・クリンスマンとの確執(後述)などもあってベルティ・フォクツ監督の構想外となり代表への招集は見送られ、1996年のUEFA欧州選手権1996は不参加となった。

1998年のワールドカップ・フランス大会ではリベロのマティアス・ザマーが負傷したこともあり代表に復帰を果すとベスト8進出に貢献。2000年のUEFA欧州選手権2000でもプレーをするなど、ドイツ代表としては歴代最多となる国際Aマッチ150試合出場、5度のワールドカップ出場、ワールドカップ最多出場記録(25試合)を達成する金字塔を打ち立てた。



・獲得タイトル
代表
ヨーロッパ選手権 ユーロ1980優勝
1982年 スペイン大会準優勝
1986年 メキシコ大会準優勝
1990年 イタリア大会優勝、主将を務める。
ドイツ代表として150試合出場(ドイツ代表最多記録)
W杯通算25試合出場(世界最多記録)
・選手
ドイツ・ブンデスリーガ優勝 6回 (1985、1986、1987、1994、1997、1999)
ドイツカップ優勝 3回 (1986、1998、2000)
UEFAチャンピオンズリーグ準優勝 2回 (1987、1999)
UEFAカップ優勝 2回 (1991、1996)
スクデット獲得 1回 (1989)
・ 個人タイトル
世界最優秀スポーツ選手(1990)
欧州年間最優秀選手賞(1990)
FIFA最優秀選手賞(1990、1991)
ドイツ年間最優秀選手賞(1990、1999) 
「ドイツ代表名誉キャプテン」(歴代4人目)
20世紀の偉大なサッカー選手100人 31位(ワールドサッカー誌選出 1999)
他の写真
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