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商品詳細

ジーコ フラメンゴ 1987年 実使用 ホーム ユニフォーム

販売価格: 350,000円 (税込)
[在庫なし]
本名:アルトゥール・アントゥネス・コインブラ

ブラジルスタイルの抜群のテクニックを持ち、ドリブル、パス、シュートの三拍子を持ち合わせた1980年代の代表的な10番。右足から繰り出される長短のパスの正確さは世界最高峰で、前線に張る選手、背後から飛び出す選手を問わず、絶妙のタイミングで正確無比なパスを飛ばす。むろんプレースキックも大きな武器だった。得点能力という点ではFWを凌駕するほどで、FWの後ろから飛び込むダイレクトプレーを始め、常に得点を狙う攻撃的MF。また計画的なフィジカル強化によって、強靭な肉体も併せ持っていた。

1976年にブラジル代表に初選出され、FIFAワールドカップへは1978年、1982年、1986年の3大会に出場している。 初のワールドカップ出場となった1978年のワールドカップ・アルゼンチン大会では、初戦のスウェーデン戦で先発出場。終了間際のコーナーキックからの得点が取り消される不運(ウェールズ人主審のクライブ・トーマスはジーコがシュート体勢に入る直前、ボールが空中にある状態で試合終了の笛を吹いたと主張。)や監督との確執もあって不本意な大会となった。

1982年のワールドカップ・スペイン大会では名将テレ・サンターナ監督の下でソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾと共に「クワトロ・オーメンズ・デ・オーロ(黄金の4人)」を形成。技巧的なパスワークと攻撃力で優勝候補の大本命と目されたが、2次リーグ最終戦でイタリアのカウンターアタックの前に敗れ去り、2次リーグ敗退(現在の規定でベスト8相当)。志半ばで大会を去った。しかし、この時に披露したサッカーは「ブラジルサッカー史上最も魅了したチーム」と称えられ、現在もサッカーファンの間で語り継がれている。2002年以降自身が監督に就任した日本代表の中盤を称した「黄金の4人」はこのチームが語源である。

1986年のワールドカップ・メキシコ大会では膝の負傷(国内リーグ戦の、対バングーAC戦で相手DFの悪質なタックルを受けた)によって数ヶ月間プレーを中断していた事もあって控えに回った。最後のワールドカップは準々決勝のフランス戦で交代出場直後にみせたスルーパスとそれによって獲得したPK失敗が最後の見せ場となり、現役を通じてワールドカップ制覇を成し遂げる事は出来なかった。

/個人タイトル
ブラジル最優秀選手 1974年、1982年
南米年間最優秀選手 1977年、1981年、1982年
カンピオナート・ブラジレイロセリエA得点王 1980年、1982年
コパ・リベルタドーレス得点王 1981年
トヨタカップ最優秀選手 1981年
FIFAワールドカップベストイレブン 1982年
英誌ワールドサッカー選出世界年間最優秀選手 1983年
英誌ワールドサッカー選出20世紀の偉大なサッカー選手100人 18位 1999年
ビーチサッカーワールドチャンピオンシップ得点王 1995年
ビーチサッカーワールドチャンピオンシップ最優秀選手 1995年
フラメンゴ クラブ歴代最多得点記録(508得点)
マラカナンスタジアム歴代最多得点記録(333得点)
FIFA 100 2004年

ジーコ フラメンゴ 1987年 実使用 ホーム ユニフォームです。海外デイーラーより証明書が付属いたします。
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